つっこみを入れる

『ぼうしとったら』

tupera tupera

 

『やさいさん』「くだものさん』につづくtupera tuperaの0〜3歳児向け絵本。今のところ、その対象年齢のシリーズは3冊なので、ひとまずこれを買ってコンプリートしたことになった。tupera tuperaの仕掛け絵本は他にもあるけれど、対象年齢がもう少し上だ。

ちょうど1年前くらい、子どもが10ヶ月だった当時の、1日何回同じの読むのよっていう子どもの熱中度からすると、シリーズ10冊くらい、トマトとかナスとかの夏野菜シリーズ、白菜キャベツ小松菜などの葉野菜シリーズ、しめじや椎茸エノキなどのキノコシリーズもあったらなあと思ったが、いまのところは出版されていない。

葉っぱの形など、実物に即していた前2冊とは違い、奥さんのぼうしとったらトゲトゲ(パンクロッカーみたいな髪型)、博士のぼうしとったらつるりんピカピカひらめいた、などはまだしも、カウボーイのぼうしとったらちょんまげ、探検家のぼうしとったらドッカーン(火山が爆発)など、そんなわけあるかいなという、現実とは離れた想像力の方向へ振り切れている。

 

 

ドッカーン!とか破裂する、湧き出る、溢れ出る感じって子どもは大好きだから、ドッカーンでよく大笑いした。

これはめくって何が出てくるのかわからない意外性の面白さが意図された本なんだろう。子どものいない友達が遊びに来て、娘がいまこれを気に入ってるのよってことでこの本を読み聞かせてくれたときには、「カウボーイの帽子とったらちょんまげ。えええ・・・・探検家の帽子とったらどっかーん!えええー・・・・・」と若干引いているのを感じて、意外性ってのはそれはそれでアリなのよ、なんてわたしが弁解したりした。

とはいえ、女の子の帽子とったら鳥がなかにいたとか、男の子の帽子とったらカエルとか、ありそうなことも出てくる。

この本においては現実と空想のごっちゃ加減は自然だし、構成的にも自然に感じられるようにできているから全然良いのだけど、規則が全体を串刺してないことって、ちょっと気になるというか、子ども向けコンテンツってそういうことが起きやすいよね、とも思う。

やさいさん、くだものさんときて、なんでぼうしとったらなんだろう、という。

あと、「トントントントンひげじいさん」の手遊びは、はじめはひげじいさん、こぶじいさんと「じいさん」なのに、途中で天狗さん、メガネさん、さらには手は上にとなっていって、なんではなたかじいさん、メガネじいさんじゃないのよ、とか。

「子ぶた、たぬき、きつね、ねこ」は、鳴き声で歌う歌詞が、ブーブー、ぽんぽこぽん、コンコン、ニャーオって、ぽんぽこぽんて鳴き声じゃないよな、とか。

やさいさん、くだものさんときて、おさかなさんじゃあ、お肉は?となるし、きのこさんは、そこまで1冊与えるほどのメジャー性はないと思うし、じゃあいっそ食べ物から離れようとか、「ひげじいさん」の歌は語呂の良さや、「こぶたぬきつねこ」はタヌキの鳴き声が一般的じゃないとか、そうなる理由はわかるのだが、ただ、オっと思う。

ちなみに、子どもが通っている保育園は、動物で組の名前を分けている。小さい方から、こりす、うさぎ、ひよこ、ペンギン、きりん。子どもはこりす組なのだが、なんで「りす」じゃなくて「こりす」なのか気になる。りすはそのままで小さい生き物で、部屋入り口の看板には「りす」とあるので、途中までは「りす」だったろうものがなぜ「こりす」になったのか、わからないのだが、「こりす」ていう言葉がかわいらしくて、わりと気に入っている。