食費と農業革命

 

食事はほとんど自炊で、夏からの数ヶ月は畑の自作野菜で野菜はほぼまかなえて、贅沢しているつもりもなく、冷蔵庫が小さいから気づかないうちに悪くしていて廃棄することもないし、無駄なくやっているつもりなのに、食費が安くならないなあ、とは思っていた。それがこの前、二人暮らしにしては高い、とはっきり言われることがあって、これ以上どうすれば!と、世の人はどういう料理を作っているのかと、節約料理等で検索してみたら、数記事読んでポイントがわかった。

箇条書きするとしたらこんな感じ。

・だいだいの献立を決めてからまとめ買いして、あとは買ったものの範囲で作る

・じゃがいも、タマネギ、人参は購買必須食材で、それを使った料理を考える

・肉と魚は丸ごと焼いたり煮たりするのではなく、野菜や穀物と合わせた料理にする

→ハンバーグよりコロッケ、角煮より酢豚、焼き鮭より鮭の混ぜ込み寿司、など

・小麦をうまくつかう

→主菜がパスタの日をつくる、春巻きにしてボリュームだす、など

要は、お腹をいっぱいにするのに必要なグラム単価が肉魚は高くて、野菜の中でもじゃがたま人参は安くて、穀物は全般に安くて小麦は特に安い、ということを前提に組み立てることなのだと思った。塊肉を加工したいとか、聞いたことのない異国の料理が作りたいとか、欲望ベースでやっていたら自炊でもコストは下がらない、ということには薄々気づいていたけど、それだけじゃなかった。

去年は自分で畑をやってみて、生鮮品の価格というのはけっこうシンプルに生産性と、つくるのに必要な手間ひま(魚の場合は希少性か)、なんだろうと思った。売っていて安いじゃがたま人参は確かにつくるのが難しくなくてよく穫れたので、たまねぎはまだ秋に収穫したものを使っている。果物は肥料がたくさん必要だし病害虫に弱いし手間がかかるから素人には難しくて、値段も高い。穀物は規模が必要だから素人にはやりづらいけど、たぶん生産性が高いから値段は高くない。耕作面積あたりのお腹いっぱいになる率は穀物がダントツらしい。去年読んだ農業の本には、農業とは地力を奪う過程だから、その回復のためには可食部に対して土に戻す部分の多い穀物の生産は必須であって、野菜は歴史的には家庭菜園でつくるもので、つまり農業とは穀物生産のことだという話があって面白かったけれどそれはまた別の話。

そしてそうした野菜を少し自分で作るところから、畜産へのハードルは物凄く高い。狩猟も。漁業も。畑は週2通えばできたけれど、生き物は毎日のお世話が必要だし、餌も必要だし、屠殺や解体の負荷も強い。狩猟は技と知識と高い精神性がいりそうだ。漁業は波に揺られて海に出ることがもう無理、と思う。だから肉魚が高いのはもっともで、これは他の生き物の命ということでもあるから、ただコストがかかる云々だけの話でもない。そう考えると逆に肉魚がスーパーで売っている値段は安すぎるかもしれない、それは相対的なものではなくて絶対的なものとして。

とりあえず相対的な値段でみても、お米や芋などの炭水化物なしで、肉魚と野菜だけでお腹いっぱいにしようと思うと食費は高くなる。穀物のエネルギー効率が高い:耕作面積あたり養える人口が多いというのは、食べ物の値段を考えてもそのままだと思う。

人間がいまの人間になったターニングポイントとして、認知革命、農業革命、科学革命(科学革命→産業革命、情報革命、とかタームの分け方はいくつかあるけど)があるといわれる。食費について考えると、いまの人間の人口規模を支えるには農業が必要で、狩猟採集では生きられる人数に限りがある、農業が起きたのは革命的なこと(それが良かったのかはわからないけど)だったというのがよくわかる気がする。